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宇都宮けんじブログ
都立高入試へのスピーキングテスト導入中止を求める緊急アピール(2022年5月9日)
東京都教育委員会(以下:都教委と略)は、現在の中学校3年生が受験する2023年度(令和5年度)都立高入試から、東京都中学校英語スピーキングテスト事業の中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の結果を活用する方針を出しています。活用されるのは、都教委が東京都中学校英語スピーキング事業で進めている中学校英語スピーキングテスト「ESAT-J」(イーサット・ジェイ English Speaking Achievement Test for Junior High School Students)です。都教委は通信教育や出版事業を手がける株式会社ベネッセコーポレーションと協定を結び、事業主体は都教委、運営主体はベネッセという位置づけで共同実施されます。中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)は、2022年11月27日(日)に実施される予定です。
私たちは都立高入試へのスピーキングテスト導入の中止を求めます。
理由は大きく四点あります。第一に、入試において最も重視されなければならない公平性や公正性が失われるという問題です。第二に、スピーキングテストの配点「20点」と評価の点数化について、入学試験の点数・評価に関する疑問が解消していないという問題です。第三に、プレテストの段階でスピーキングテストでの事故・トラブルの検証がなされていないことと、スピーキングテストの結果について開示請求に応じないことによる、入学試験の透明性・信頼性に関わる問題です。第四に、一私企業への個人情報を提供することの危険性、一私企業への利益誘導あるいは利益相反の疑い、それから出身家庭の経済力による教育格差を拡大する問題です。
一点目について、まずは「公平で正確な採点ができるのか?」という疑問です。英語のスピーキングを客観的に評価するには、膨大な時間と手間がかかります。特に採点者が複数の場合には、採点基準について詳細なすり合わせを行うことが必要不可欠です。「ESAT-J」を受ける東京都の公立中学3年生は、全部で約8万人にのぼる予定です。約8万人分の音声による解答を、22年11月末~23年1月中旬までの約1カ月半で採点しなくてはいけません。
それに加えて、「ESAT-J」の採点業務の運営体制や実務内容、また採点者が一体どんな人たちであるかがはっきりしません。これまで、採点の運営体制、採点業務のあり方については何も公表されず、分かっているのは採点者が「常勤の専任スタッフ」であり、フィリピンで採点が行われるということだけです。
入学試験の採点は、最大限の公平性と正確さが要求されます。採点業務の運営体制や採点業務のあり方を可能な限り開示し、どのような能力を持った採点者がどのような基準で信頼性のある評価を下し、その評価が妥当かどうかを誰がどのようにチェックするのか、採点ミスが起きた場合にはどう対処するかなどが、入学試験実施前に明らかにされる必要があります。それなしにスピーキングテストを導入することには、強い疑問を感じます。
また、「ESAT-J」における「不受験者の扱い」にも大きな疑問があります。東京都・教育庁文書「不受験者の扱い」には「学力検査の得点から仮の『ESAT-Jの結果』を算出し、総合得点に加算する」とあります。これは、スピーキングテストの行われない学力検査の結果から、スピーキングテストの点数を測ることを意味します。点数の算出方法については2022年5月9日現在、「検討中」とのことですが、いかなる方法を採用したとしても問題があります。
スピーキングテストの行われない学力検査の結果から、スピーキングテストの点数を算出するのですから、スピーキング能力を正確に測ることはできません。これでは不正確な点数が入試に採用されることとなり、入試の客観性は失われ、公平性・公正性が損なわれことになります。そして、「不受験者の扱い」が事前に公表されていることにより、スピーキングの苦手な受験生が、スピーキングテスト当日にわざと欠席する「意図的不受験者」を生み出す危険性を回避することが困難です。これが実行されれば、スピーキングの苦手な受験生がテストを受けることなく、スピーキングが得意な受験生よりも、スピーキングで良い点を獲得するということが起こり得ます。「意図的不受験者」が出れば、都立高入試の公平性・公正性は崩壊します。
それに加えて、入試の公平性・公正性を大きく揺るがすのが、中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)と民間試験GTEC(ベネッセ)との類似性です。中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)と民間試験GTEC(ベネッセ)は、問題構成と問題傾向、採点基準ともに、とても良く似ています。都教委側も「似ていたとしても違う」(「都立高入試スピーキングの不可解」朝日新聞EduA、2022年3月17日)と発言していることからも、中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)と民間試験GTEC(ベネッセ)が似ていることを認めています。
東京都内には民間試験GTEC(ベネッセ)を実施している公立中学校と実施していない中学校があります。2022年5月9日現在、練馬区、目黒区、渋谷区、品川区、町田市、多摩市が実施、中央区、文京区、豊島区、千代田区、江戸川区、江東区、墨田区、板橋区、武蔵野市、小金井市、狛江市、稲城市が不実施との情報が入っています。
中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)を受ける際に、それと類似した民間試験GTEC(ベネッセ)を事前に受けているか否かは、高い確率で点数に影響します。同じ学力の生徒であっても、同形式の試験を受けていた生徒の方が高い得点を取る可能性は高く、このままでは都立高入試で地域・学校ごとの不公平・不公正は深刻となることが予想されます。すでに保護者から入学試験の不公平・不公正を訴える声が上がっています。
二点目について、スピーキングテストのESAT-Jで算出された最高20点の得点は、調査書の「諸活動の記録」欄に記入されます。他にも在学時の全教科の成績などが同じように調査書点として換算されて記載されますが、スピーキングテストの成績が占める割合が余りにも大きく、入試全体のバランスを崩しています。
例えば都立高校入試の第一次募集(前期募集)の場合、学力検査が行われる5教科の調査書点は、通知表の5段階評価を4.615倍して換算されます。ですから英語で成績「5」を取ると、調査書点は約23点となります。
日頃、中学校で学んでいる英語全体についての最高評価が約23点であるのに対して、英語のなかの一技能であるスピーキングについて、特定の日に行われる約15分のテストが20点にもなるというのは、余りにも配点が大き過ぎます。普段の授業や定期テストを軽んじていると言われても仕方ないでしょう。しかも国語、数学、理科、社会の調査書点が最高約23点なのに、なぜ英語だけ調査書に記載された点数が全部で約43点にもなるのか。この点についても東京都から十分な説明は行われていません。これでは「英語だけなぜ特別扱いするのか?」という疑問は解消しません。
また、スピーキングテスト評価の点数化についても疑問があります。中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)は0点~100点で採点した後に、A~Fの6段階で評価します。「80点~100点=A(得点幅21点)」「65点~79点=B(同15点)」「50点~64点=C(同15点)」「35点~49点=D(同15点)」「1点~34点=E(同34点)」「0点=F」と不均等な得点域で分けたのち、A=20点、B=16点、C=12点、D=8点、E=4点、F=0点と4点刻みで配点されます。
この方法だと、例えば1点しかとれなかった人も、34点とれた人も同じくEに評価されて4点が配点されます。つまり最大33点違っても同じ点数になってしまうのです。また1点はEで4点に換算され、0点はFで0点に換算されますから、1点でもとればテストの結果は4点差としてカウントされます。こうして算出されたESAT-Jの得点は、志望校へ送る「調査書」(=内申書)に記載されます。わずか1点の差が合格・不合格を分ける入試において、このような換算方法を採用することが適切であるかどうかは大いに疑問です。受験生・保護者の多くも、この換算の仕方には疑問を持つと予想されます。
三点目について、2021年度の「プレテスト」では、受験生は約64000人という「概数」しか報告されず、機器のトラブル、音声回収の不備、喪失などの「事故やミス」の報告がこれまでなされていません。大学入試でスピーキングテストを実施してきた専門家からは、たとえば「万全の対策をしても回答音声の回収トラブルは起こります。1回の受験者が800人程度の我々のテストでも以下のとおり。私達は1問分でも回収できない場合は受験者に連絡して再テストを受けてもらっていますが,そのあたりの対応はどうなっているのでしょう?」(羽藤由美・京都工芸繊維大学教授)との疑問も出されています。
この大学の場合には、2014年度~2018年度入試でほぼ毎年1名~3名の回収音声のトラブルが発生しています。仮に800名で1名の回収音声のトラブルが起こるとすれば、約8万人の受験生であれば約100名の回収音声のトラブルが起こることになります。都立高入試実施前にプレテストの「事故やミス」の報告とその対処法が明らかにされる必要があります。それがなされなければ、受験生は安心して受験をすることができません。
もう一つの疑問は、スコアレポートで受験生に通知されるのが「総合得点」のみだということです。2021年に実施されたプレテストの設問は、「A(音読)」「B(Q&A)」「C(描写・説明)」「D(意見・コメント)」の4つのパートからなっていたそうですが、「どのパートで何点とれたのか」という採点内容がありません。当然、総合得点のみの通知に疑問を抱く受験生、保護者、教員が多数出てくることが予想されます。
これに対して「得点開示は成績票がすべて。これ以上のものを渡すことは難しい」(東京都国際教育推進担当課長の西貝裕武氏の発言「8万人を『公平』はムリ」『AERA』2022年2月21日号より)とあるように、東京都側は開示請求には応じない姿勢です。しかし、学力検査は得点表と答案の写しまでが開示請求できるのに対して、スピーキングテストについては開示請求に全く応じないというのは、対応があまりにも違っています。採点に対する信頼性を高め、受験生や保護者の理解を得るためにも、「どのパートで何点とれたのか」を通知し、開示請求にも応じるべきです。このままでは、スピーキングテストの採点について受験生、保護者、都民の信頼を得ることはできないでしょう。
四点目について、2021年に実施されたプレテストでは、ウェブ上で生徒情報を登録する際、生徒の顔写真をアップロードすることを求められました。その時は任意でしたが、2022年度に実施される本試験からは都立高校志望予定者全員の名前、顔写真、「ESAT-J」の結果がベネッセに渡ることになります。
ベネッセでは2014年に業務委託先の従業員が約3500万件の顧客情報を持ち出し、名簿業者に売却していた事件が発覚しました。過去にこうした事件が起きてしまっている以上、今後入手する大量の個人情報を安全に管理できるという根拠を明確に示す必要がありますが、そうした説明はなされていません。
ベネッセは英語教育に関する教材を数多く出版し、通信教材を学校や塾に販売したり、その教材の有料オプションとしてオンラインでスピーキングの授業を実施しています。そうした一私企業が公立高校入試に関わることによって、自社の利益誘導につなげることがあってはなりません。都立高入試に関わることがベネッセへの利益誘導につながらない、または利益相反には当たらないとの証拠は、現在のところ明確には示されていません。
また、出身家庭の経済力による教育格差が拡大する危険性も重大です。40人学級を基本とする公立中学校の授業では、英語の担当教員がいかに工夫しても、授業時間内に生徒一人ひとりに英語を十分に話させる機会をつくることは困難です。学校の授業でスピーキングに習熟できないとなれば、少人数制の塾や英会話学校、オンラインの英会話授業などで話す機会を得られる生徒のほうが、入学試験において有利になる可能性は高くなります。つまりは、学校外教育機関を利用できる生徒が有利、そうでない生徒が不利となれば、出身家庭の経済力による教育格差が拡大することになります。
以上四点から分かるように、都立高入試へのスピーキングテスト導入は、試験の公平性や公正性、配点・評価の正当性、事故・トラブルの検証と対策、開示請求への対応などについて、入学試験として必要な最低基準を満たしていません。また、受験生の個人情報漏洩の危険性や一私企業への利益誘導、あるいは利益相反の疑いが解消していません。そして出身家庭の経済力による教育格差を拡大する危険性が存在します。
以上の理由から、私たちは都立高入試へのスピーキングテスト導入の中止を求めます。
2022年5月9日
呼びかけ人
大内裕和(「入試改革を考える会」代表・武蔵大学人文学部教授・教育社会学)
阿部公彦(東京大学大学院教授・英文学)
宇都宮けんじ(「希望のまち東京をつくる会」代表)
紅野謙介(日本大学特任教授・日本近現代文学)
杉田真衣(東京都立大学准教授・教育学)
竹信三恵子(和光大学名誉教授・ジャーナリスト)
鳥飼玖美子(立教大学名誉教授・異文化コミュニケーション学)
前川喜平(現代教育行政研究会代表)
上のアピールにご賛同いただける方は,以下のリンクからメッセージをご記載ください。お名前とご所属も併せてご記入ください。ご賛同いただいた方々の名簿を添えて,令和4年5月17日(火)に東京都の教育庁にアピール文を提出します。都以外の道府県にお住まいの方からのご賛同のメッセージも歓迎します。全国に波及する問題です。
メッセージをお寄せください。
都立高入試へのスピーキングテスト導入中止を求める緊急アピール
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