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宇都宮けんじブログ
ZOOM政策トークライブ 学校給食を無償に。“隠れ教育費”の負担も減らす!(2020年7月2日)のご報告
これが未来の都政だ!ZOOM政策トークライブ 学校給食を無償に。“隠れ教育費”の負担も減らす!」
子どもの教育にかかる費用は? コロナ禍での学校現場は?
宇都宮けんじは、学校教育に関する様々な政策の中で、家庭の経済的負担を減らすために「学校給食の無償化」を掲げています。今回は、学校給食無償化の課題に加え、「入学準備費」「私費購入の副教材」 「部活動にかかるお金」「修学旅行」など、実は家計の大きな負担にもなってい る “隠れ教育費” の実態について、専門家と議論しました。また都内の小学校教員もゲストに迎え、コロナ禍での学校現場の報告もしていただきました。
開催日
7月2日(木)20:30〜21:15
ゲスト
福嶋尚子さん(『隠れ教育費──公立小中学校でかかるお金を徹底検証』著者)
東京都内の小学校教員(仮名)
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(以下要約)
福嶋
(『隠れ教育費』という本を書かれた福嶋さんご自身)中学生の子どもがひとりいるが、子どもを育てると学校の学習費調査で統計上の保護者負担、小学生給食45000円など入れて10万円学校に支払う。それだけではなく多額のお金がかかっていると感じたとのこと。制服、学校の外の指定販売所の制服、体操着、ジャージ、上靴、通学靴やバッグ、ベルトなど。まともにやると多額な費用がかかる。学校が徴収していない。学校の先生も把握してない場合もある。子どもの体は成長するので買い替えがかかる。洗い替えもいる。隠れ教育費の一つの例。『隠れ教育費』という本はその現状をどう変えていけるのか論じた本。
コロナ禍で制服に変化が生じた。コロナで休校が長く、夏休みを短縮して授業予定。しかし中学生は制服で真夏に学校、子どもにとって身体へのダメージ大きすぎる。また毎日汗をかく。同じものを身に着けさせたくない。コロナ対策も必要。なので安価な私服にならず洗い替えができ、衛生的で気持ちよく学べることを求めたい。真夏の学校に行くのだから。ジャージ指定など洗い替え考えたら買い足さないと間に合わない。かなり大問題。
宇都宮
ブランド品の制服で問題になった学校も。
福嶋
アルマーニだったので報道されたが、都内だと小学で制服指定はちらほらある。ただ中学は全国どこでもある。アルマーニ制服だけで80000円。ノーブランドでも10万近くになる。ワイシャツが3000-4000。上履きも同じくらい。校章ひとつで値段跳ね上がる。
宇都宮
現場の先生としてどう考える?
鈴木(教員、仮名)
教育費のこと、なるほどなと思う。1年時、1学期 6602円 一年間16802円 かなり負担だと思う。給食費は入っていない。普通の小学校は制服はない。マスクは大変。毎日違うマスク。手作りの人も多い。しかし買っている人もいる。それも負担になる。
新学期、1年の学習補助。トイレの使い方などはじめての登校日教えたが、それっきり休校になってしまい、6月になってしまいかわいそうだった。6月から分散登校。教室を分け学習。27名。担任2人二つに分かれて、少人数学級ですすめた。数字の勉強、いきなり1.2.3.4。子どもはついてこれない。でも2年以上になると少人数制ではない。分散登校時に少人数を経験したら、とてもひとりひとりに合わせられてよかった。これからも少人数を実現してほしい。宇都宮さんに期待。
宇都宮
(元文科省事務次官の)前川さんが指摘された。政府が突然休校。学校で感染広がった事実ないのに、一気に小中学校が休校。教育や精神への影響を考えたら乱暴なことをした。ああいう措置が本当に必要だったか疑問。学校がはじまってどうしても休校ならわかるが。政府のショック療法に子どもがぎせいになったのでは。と指摘していた。子どもの精神的ケアが必要と。指摘されていた。文科事務次官の見識を持っていると思った。
少人数学級を政策にもあげている。デンマークは28人が上限という法律がある。ほぼ20人学級。これがスタンダード。40人みたいな学級では見えないのは当たり前。コロナで起こったことで恒常化すべきこともあると感じている。
福嶋
必要なものは無償化を。そして必要なものかどうかの精査を。制服然り、それだけの費用をかけてまで必要か、また緊急時まで適用と考えると、制服を無償化より、標準服というシステムにあった制度にしたらいいと思う。なかなか揃えられない、もっと気軽に、選べるようにすればいいと思う。無償にするのは前提だが、なにもかも無償にする必要ない。
宇都宮
憲法では義務教育は無償。しかしそうなってないものもある。本来の対象になるものはどうか。また本当に必要かの精査もたしかに。
福嶋
ワークやドリルという副教材。担当の教師が選んでいる。何を使うかについて教育委員会に報告する制度がある。経済的負担のチェック。本当にそのワークやドリルがいいか、3冊頼んでも実は2冊使っていないなど、そうした精査と無償化を考えられると思う。
宇都宮
一応戦後生まれで戦後教育受けている。わたしが小さい頃はワークやドリルはなかった気がする。鈴木先生どう思いますか?
鈴木
長く教員をやっているが、テストなどほとんど手作りだったが、最近は教員が多忙でおいつめられているので、ワークやドリルも手作りではない、テストをも買っている状態。当たり前になっていて、これでいいのかとは思う。テストを買ってしまったために教えることが増えるというような逆の現象がおきたりしている。手作りで教えたことを確かめるというような授業にならない。先生たちが大変な状況なので、このままじゃちょっとという思いありつつ、もっと精査は必要なのはできると思う。少人数学級ならもっと色々考える余裕ができそう。
宇都宮
確かに昔はガリ版で刷ったテストで。買ったものなかった!そういうことも見直す必要あるかもしれないですね。
福嶋
一番大きな障害は先生が忙しすぎること。負担が多すぎる。都政の中の教育政策で負担がかかっている側面があるので、それを見直さないと、校則も教材の見直しもできない。ただ安くしなければというようなことではなく、環境整備、条件整備が必要。
宇都宮
まず少人数学級するには、教職員の人数を増やさないと。教員の多忙化はなにがそんなに忙しいのか?
鈴木
教える中身も増えている。本当にこんなことを教師がやるの?という仕事もある。コロナ禍だと保護者会で子どもを帰して、机椅子の消毒をしなければならない。そういう毎日の仕事、体温チェックとか。体調を聞くとか。測ってない子の体温を測るとか。自分たちが子どもを教えてということだけじゃなく、沢山の調査があってアンケートをとったり。いじめ調査とか。調査をするために1年生に沢山の時間をさいたりすることもある。こういうことは必要なのかと思うことが沢山ある。
福嶋
コロナのことがあってひとつ良かったのは、先生方が何が必要なのか考えさなければならない、強制的におこなわれることになった。それぞれの先生にそれぞれの答えがあると思うが、今思うのは、前の状況に戻ろうということではなく、時間の使い方を見直すなど、この期間に考えたことをするチャンス。
宇都宮
子どものことばかりいってすみません。家庭訪問はしているか?
鈴木
家庭訪問をする学校は少ない。家庭訪問をするより、家の場所を確認する程度。実は大事だと思っている。いろんな子どものことがわかるし、欠いてはならないことと思うが。
宇都宮
愛媛県の漁村で生まれ、小学3年で大分に入植。山の上。帰りは山登り。昔の先生は開拓の山奥まで登ってきてくれた。そういうことで励まされたのは、父親が働き者で密林を開拓して芋やスイカ、みかんを植えた。畑がよくできている。草がなかった。先生が褒めてくれた。嬉しかった。山奥の開拓は差別の対象だったが、そこまでわざわざきてくれて、両親の仕事ぶりをほめてくれて、子ども心に大変嬉しかった。教育直接的なものじゃないけど、困難な状態で両親が働いていることを、ほめてもらえて嬉しかった。生活に密着した家庭訪問が、励みになった。
子どもの貧困の問題。家庭の状況つかむには家庭訪問必要では。学校で出てきていることは子どもの一部でしかない。人数が多いと大変だとは思うが。もっと学校の先生はいろんなことを省いて子どもの状況を把握できる仕事をできるようにしてほしい。しかしそうなると今の教育を見直さないと。先生が生き生きしていないと子どもの教育もできない。自分の思いや昔の話ですみません。
貧しかったけど小中学校の学びは励みになって、いい先生に出会えてラッキーだったとも思う。そういう先生が沢山いた。子どもにいい影響を与えてほしい。
隠れた教育費というのは教育のあり方、ものがどうなのかというより、今の教育がどうなのかという問題のようで、前川さんに色々考えてほしい。私の政策にもほとんど共感賛成してくれた。給食の無償化、インクルーシブ教育、夜間中学、文科省元事務次官がお墨付きをくれた。もっと現場の先生の声を中心に教育がなされるべき。教科書選定もヨーロッパでは教員が選んでいる。子どもに向き合っているのは教員だと思う。
日本の教育は知識など継承していくのは大切だが、民主主義社会における主権者を育てる目的がある。スウェーデン、デンマークでは民主主義教育を教育の柱になっている。子どもの声を学校の行事や校則を決めている。民主主義として重要な課題。投票率日本はすごく低い。主権の行使を3人に1人しかしていない。スウェーデンは87%の投票率。気候変動運動をグレタさんがやっているが、教育の影響。被選挙権も18歳から。子どもの教育を知識だけではなく、社会の主人公として生きていくようあるべき。
鈴木
一昨日、一年生に聞いた。コロナなので手だけあげて。休校のときと学校にきたときどっちがいい?と子どもにきいたら、半々だった。勉強が好きか嫌いか。一年生の最初の頃は勉強大好き。半数の子は好きじゃないと。担任が「こんなのはじめてだ」この時期の子どもたちは普通学校が楽しくて仕方ない。それが今年の1年は一日縛られてどんどん勉強が進んでしまう。子どもが余裕なく受け止めて楽しくないと感じるのではないか。
福嶋
先生方が余裕がない中で、子どもたちに画一的な指導方法になりがち。それで同じ教材になっていく。いろいろな気持ちで制服を着るのがつらい子もいるのに、制服を着ないことを選べない。家計が急変している。修学旅行や教育費の問題で行けない子どもいる。そういうことも考え直せるチャンスかも。学校の中で民主主義。ただ最初の声を出せないまま卒業していく。それが今の学校。先生方の条件整備で変えられる。
宇都宮
子どもは権利の主体。児童の人権を考えられるべき。学校は校長先生が運営するところじゃなく、権利条約も批准している。デンマークやスウェーデンはテストなく、学力低くもない。ものをつめこんだ評価自体もう古い教育だと思う。今回の鈴木先生や福嶋さんの話をきいて、最初は義務教育の無償化で隠れた教育費の問題だったんですが、教育自体問われているということかもしれない。いじめの自殺の問題もある。子どもの人権という観点で考えるべき。子どもの人権。考えるとき、いい機会。そういうことを考えず9月入学がいいのかなんていう議論は短絡的。
3月の一斉休校の反省、現場の声無視。こういうことがまかりとおっている。子どもに大変な悪影響を与えたと思う。日本は資源がない。教育に人と予算を注ぎ込まないと。先生が元気で子どもと接することができるような学校をつくらないといけない。