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宇都宮けんじブログ

「日韓:居住貧困実践交流シンポジウム ――女性の居住貧困問題を中心に課題解決に向けたサポートポリシーと実践を学びあう」(2019年4月26日)レポート

はじめに

 韓国より2人のゲストを招き、4月26日(金)に衆議院第二議員会館で「反貧困ネットワーク」と「希望連帯」の主催により、上記シンポジウムが開催された。参加者はほぼ満席の約120名。
 今回のシンポジウムでは、共通の深刻な課題である日本と韓国における居住貧困、とりわけ、母子世帯、DV被害、ホームレス女性など、居住貧困問題の重要な一角である女性の居住貧困に焦点があてられた。
 司会進行は雨宮処凛さん(反貧困ネットワーク世話人)で、パネリストと報告は、下記のとおり。
① 日本における居住貧困の現状と「ハウジングファースト」モデルの実践
稲葉剛さん(つくろい東京ファンド代表理事)
② 地域住民共同における貧困問題の解決に向けて-アウトリーチ福祉の実践報告
姜乃榮(カン・ネヨン)さん(住民連帯運動活動家)
③ 母子世帯、DV被害者など女性の居住貧困の現状と解決に向けた提言
葛西リサさん(母子世帯の居住貧困研究者/日本学術振興会研究員)
④ 韓国の女性ホームレス問題とサポートポリシー
徐貞花(ソ・ジョンファ)さん(開かれた女性センター所長)

最初に、このシンポジウムを中心的に準備した瀬戸大作さん(反貧困ネットワーク・希望連帯)が挨拶し、続いて、宇都宮けんじが、反貧困ネットワーク代表世話人として主催団体を代表して、このシンポジウムの意義について挨拶をした。

稲葉剛さん報告

 パネリストの報告では、まず、稲葉剛さんが「日本における居住貧困の現状と『ハウジングファースト』モデルの実践」と題して報告された。
 日本の行政には「居住福祉」という視点がなく、福祉政策と住宅政策が連動しておらず、福祉政策は厚生労働省の管轄で、社会保険中心の社会保障であり、セーフティネットが弱く、住宅政策は国土交通省の管轄で、中間層の持ち家取得支援に社会的資源を集中させ、民間賃貸住宅入居者への支援がほとんどないという問題点を指摘された。そして日本における「ハウジングプア」の実態について述べられ、「ハウジングファースト」の必要性と実践例を紹介された。
 「ハウジングファースト」とは、住まいは人権、家は無条件で提供、本人が「決定」、支援者は生活の支援を提供などを内容とするとのこと。そして誰も路頭に迷わせない東京へ向けて「東京アンブレラ基金」を設立するため、現在クラウドファンディングを行っている。

カン・ネヨンさん報告

 次に、韓国からのパネリスト姜乃榮(カン・ネヨン)さんが、「地域住民共同における貧困問題の解決に向けて-アウトリーチ福祉の実践報告」と題して報告された。
 まず、韓国における居住貧困の実態とそれに対するアプローチについて話され、韓国における反貧困運動は居住貧困活動から始まったとのこと。韓国では、居住貧困を人権の観点から、つまり居住権の観点から、憲法第35条第3項に「国家は住宅開発政策を通じてすべての国民が快適な居住生活ができるように努力する」と規定しているとのこと。
 次に韓国の居住福祉について話され、具体的にはパク・ウォンスン市長の革新と協治を柱とするソウル市政の福祉政策を紹介された。その代表的な取り組みは、チャットン(訪れる洞住民センター)事業、出前型福祉サービスというもので、ソウル市は、2015年7月から、「待つ福祉」から「訪れる福祉」に転換した。「洞」というのは、区の下の行政単位で、小学校区くらいにあたるが、ソウル各地の役所であった洞センターを「住民共有スペース」にして、福祉プランナーと訪問看護師がペアでチームを組んで、高齢者や出産家庭などを訪問し、相談に乗り、地域の住民主導のネットワークと連携し、体系的にサービスを提供しているとのこと。また洞センターには、福祉相談専門官、まち主務官、まちビジネス専門家なども置いて、関連機関の連携や分かち合いや持続可能なまち共同体の構築を行っている。また地域での取り組みの実例として、ソウル市広津区の広津住居福祉ネットワークの活動を紹介された。

葛西リサさん報告

 次に、葛西リサさんは、「母子世帯、DV被害者など女性の居住貧困の現状と解決に向けた提言」と題して報告された。シングルマザーは離婚率の上昇とともに増えており、厚労省による直近のデータによると、123万世帯、主に離婚による生別が9割以上で、ひとり親の子どもの貧困率は54.6%、平均収入は243万円(勤労収入は200万円)で、約8割が就労しているが、正規職は4割程度に過ぎず、非正規が多いとのこと。これで家賃を払うのは大変である。またシングルマザーの多くが就学前の児童を抱えており、保育の問題は大きい。シングルマザーはどのタイミングでどういった住宅問題に直面するのかであるが、離婚の時期に、家を出ざるを得なくなることが多い。
 公営住宅優先入居制度や母子生活支援施設などの公的支援制度もあるが、なかなか当たらないし、要件が厳しく、緊急性の低いものは排除されている。住宅資金・転宅資金(母子福祉資金)の貸付制度もあるものの、厳格な審査と、保証人の確保が難しい場合は有利子になり、返済計画の提示を迫られるなど、使いづらい制度になっているとのこと。
 公的調査はないものの、葛西さん自身が行った実態調査によると、離婚前の事前転居では、実家や親類宅に同居することが多く、離婚と同時転居では、実家や親類宅も多いものの、それ以上に民間借家に転居する割合が増え、離婚後の事後転居では、公営住宅が2割くらい、民間借家が4割くらい、実家や親類宅が2割ほどとのこと。実家や親類宅に転居したものの、居づらくなり民間借家に転居したり、民間借家でも、条件が劣悪で、別の民間借家に転居せざるを得ない人も多いとのこと。最低居住水準未満の狭小住宅に住む母子世帯は、民間借家で、大阪市では約4割、大阪市以外の大阪府では約3割とのこと。母子家庭以外の一般では、約1割なので、母子家庭がいかに狭小劣悪な住宅に住まざるを得ないかがわかる。特に子どもにとっては、狭い、学習に集中する環境でないなどの空間貧困が深刻。母子世帯の民間借家における住居費負担率は世帯収入の35%ほどに昇る。20万円ほどの収入の35%である。居住貧困に対しては、単なるハコ(住宅)の提供だけでなく、育児やケアやコミュニティー、子どもの生育環境などのソフトの支援もセットで提供することが必要とのこと。
 近年、増加した空き家を活用して、民間の事業者によるシングルマザー向けシェアハウスも増加している。その中には保育や就労とセットにするなどユニークな取り組みもある一方で、経営に行き詰まり、閉鎖された例もある。
 葛西さんは、まとめとして、ひとり親の安定的な住まいの確保のためには、母子世帯の居住貧困は、居住保証が整備されていないがゆえに生じる課題であることを問題視し、公的な住宅保証の充実(家賃補助も)が必要。単なるハコだけでなく、ケアやコミュニティ等もセットで提供できる仕組み(住・育・職の機能を兼ね備えたユニークな取り組み、シェアハウスなど)が必要、多様なファクター(不動産事業者、行政、NPO、専門仲介業者、ポータルサイト運営者、空き家を有する個人など)との、連携により、住まいの選択肢を増やす、母子や子どもたちを孤立させない、住宅、まちづくり(子ども食堂、学習支援室、カフェ等の居場所機能など、連携して町ぐるみで生活を支える)に期待するとのこと。

ソ・ジョンファさん報告

 次に、徐貞花(ソ・ジョンファ)さんが、「韓国の女性ホームレス問題とサポートポリシー」について報告された。
 韓国では、ホームレスという言葉も使われるが、公的法律的には「露宿者」と呼ぶとのこと。韓国では、2018年10月韓国国土交通部発表の調査によると、住宅以外の居所に居住する人は約37万世帯。その内51.5%は首都圏にいる。所得は最下位20%にあたる世帯が12.3万世帯で40.7%に昇る。所得が200万ウォン(最低賃金を少し上回る程度)未満の人が過半数の51.3%。最低居住基準(1人14㎡)未満世帯が49.2%、1人世帯が71.9%(26.6万世帯)。性別比率では男性73.5%、女性26.5%。20年以上の比率も10.7%と高い。2016年10月、韓国保健福祉部実態調査資料によると、韓国の露宿者(路上で露宿、露宿者施設)の数は、11340名(男74%、女26%)で、内1522名(男94%、女6%)が路上で露宿とのこと。韓国のホームレスの数は毎年減少しているが、逆に支援の予算は増えている。2017年の政府の露宿者支援の予算は345億ウォン。政府はこれらの人たちに公共賃貸住宅を提供する政策を立てた。文在寅政権は合計41万戸の公共支援住宅を建てる計画を立てた。
 2011年には「露宿者などの福祉及び自立支援に関する法律」が制定され、「露宿者が人間らしい生活をする権利」が明記された。また中央政府と自治体の責務も明記された。なおホームレスの支援事業の施行にあたっては、性別特性を考慮することになっているとのこと。
 ソウル市においても、ホームレスの数は毎年減少している。2018年10月のソウル市の実態調査の結果では、露宿者3193名(施設+街路)の中で路上での露宿290名で、それに対するソウル市の居住支援対象は1480名で、2019年の年間予算は中央政府の345億ウォンを上回る515.5億ウォンとのこと。
 女性ホームレスの現況は、全国で2500名余り(内、路上は91名)(2016年)で、ソウル市は230名余り(路上は50名余り)。露宿者支援事業施行にあたっては、性別特性を考慮することが法律で規定されているが、「ソウル市露宿者などの福祉及び自立支援に関する条例」では女性、障害者、高齢者など脆弱露宿者などに対して特別保護を明記しているが、しかし少数という理由で政策関心対象から排除されているとのこと。女性ホームレスは見えない、見えにくいとのこと。それは施設やお金を出して生活する不安定居住地を利用することが多く、路上で露宿することは少ないからとのこと。男性に比べて、より安価で、劣悪な非宿泊用住居施設で生活することが多いとのこと。女性は祈祷院、教会の徹夜礼拝所、24時間開放市場、駅舎内のトイレ、建物の階段、病院の待合室など見えないところで露宿することが多いとのこと。しかしこのように見えにくいため、政策対象から相対的に排除されてしまうことになる。また女性ホームレスは、男性ホームレスと違って、家庭内暴力と精神障害が露宿の一番の原因である。なお精神疾患は、露宿の原因であるとともに、貧困化過程の結果でもあるとのこと。ホームレスになるきっかけは、失職や事業失敗などによる経済的困難は、女性30.6%、男性63.3%、家族関係の困難は、女性65.3%、男性17.5%、子ども同伴は、女性32.7%、男性6.7%(ソウル市露宿者性別影響評価資料集)とのこと。
 徐貞花さんが所長をしている「開かれた女性センター」は、単身成人の女性露宿者と家庭暴力などで家を抜け出して行き場のない子ども連れの母子家族を保護して回復を支援する、リハビリや居住支援など自活支援をして露宿を離脱し、社会に復帰することを手伝うことを目的とするとのこと。同センターでは、1日30名の無料宿泊・食事支援、身体健康の回復支援、精神健康の回復支援、心理相談やケース管理、自立支援事業、居住支援、社会福祉制度関連受給支援、心理リハビリと教育プログラム、児童支援プログラムなどの事業を行い、施設利用者の施設運営への参加を強化し、施設利用者の人権保護を強化しているとのこと。
 また慢性露宿者の地域社会への定着支援事業として支援住宅(Suportive Housing)の運営を行っているとのこと。支援住宅とは、(賃貸)住宅だけ提供されると、地域社会で生活が困難な人に対し、支援サービスを一緒に提供する住宅形態のこと。支援住宅推進の背景として、精神健康問題を持っている理由だけで排除されている賃貸住宅入居、購入賃貸住宅に入居後、居住維持の困難で再露宿発生、精神健康問題で施設生活が困難な人は路上での露宿の長期化、路上でも慢性露宿者の場合は生活の荒廃化と様々な社会的費用を起こす、女性露宿者の精神健康問題(シェルターを利用する単身女性の52.5%は精神障害を持っていることなど)などがあるとのこと。ソウル市では、2015年から支援住宅のモデル事業を準備、2016年11月から運営を開始した。またソウル市支援住宅条例制定推進のための民間活動や支援住宅の制度化のための法制度活動なども行われている。ソウル市支援住宅推進計画として、2018年ソウル市長選挙におけるパク・ウォンスン市長の公約を反映して、2018年~2022年までの4年間に1150戸(障害者338、露宿者258、精神疾患者224、高齢者330)の運営を予定。住宅確保の所要予算1078億ウォン。ユニバーサルデザイン適用、コミュニティー空間の確保など。支援住宅の入居者へのサービス支援予算は各福祉部署から確保して支援、2019年度露宿者支援住宅の運営計画、総138戸、予算,総5億ウォン予定(7月から実行予定、6か月予算)
 地域社会中心の居住福祉パラダイムの転換が必要であり、精神健康福祉法の改正(脱院化の推進)、障害者脱施設促進法の推進(脱施設課の促進)、社会福祉士の週間勤労52時間特例廃止(生活施設運営費用の急増による、代案的な居住支援の必要性が増加)、ソウル市議会の支援住宅に関する条例の通過、保健福祉部のcommunity care推進。これらを基にした、地域社会に居住する住宅+α。
 支援住宅の運営実例(入居者:露宿経験の精神疾患者・女性)。支援住宅の運営目的は、精神疾患やアルコールの問題を持っている女性露宿者に、独立的永久住宅や総合的な福祉サービスを提供し、居住維持を支援することで、再露宿をせず、地域社会で安定的に生活できるように支援すること。
 支援住宅サービス提供の原則としては、居住支援し、中毒から抜け出すなどの条件を要求しない→居住優先原則(Housing First)、入居者の選択と自己決定を尊重、入居者のプライバシーと独立生活を保障するためのサービス提供、サービス提供内容は、入居者との相互関係を介して常時調整しながら柔軟性の確保、サービス提供の際に、先行動・後支援原則により、入居者が自分で行うことができる活動を直接することにより、能力強化と参加の機会を拡大し、回復(Recovery)を目指す、地域社会への参加と地域住民、機関等との連携を通じて、社会統合をサポート、入居者の力量強化のためにサービス過剰と依存を最小限に抑える。

おわりに

 この日韓4人のパネリストの報告の後、問題解決に向けた討論、質疑応答が行われた。
 最後に共催団体の「希望連帯」を代表して白石孝さんが挨拶をされ、姜乃榮さんがシンポジウムで紹介されたところなど韓国を訪れるツアーを行うことや、日韓・日朝問題の集会にに来る人でこのシンポジウムに来る人は少なく、どうしてそこがつながらないのかという問題や日本の医大に進学しようとしていた韓国の女性が日本社会の女性差別に失望して、日本の医大に進学することをやめた事例などを紹介して、日本社会の抱える問題に言及された。