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宇都宮けんじブログ
シンポジウム「日本の食を支える卸売市場に、今何が起きているのか!?」 9月16日(月)上智大学四ッ谷キャンパス
波乱含みだった築地市場移転、豊洲市場開場から1年がたちました。移転前から指摘されていた数々の問題は未解決どころか想像よりもさらに深刻化し、市場で働く方たちの懸命な努力でかろうじて業務はまわっているものの、客足も減り、売り上げや取扱量も減少傾向にある豊洲市場は今も問題が山積しています。また、豊洲市場移転と足並みを揃えるように、昨年6月には、三度目の「改正」となる卸売市場法が国会で成立し(談話 「卸売市場法改正について」)2020年6月に施行されます。
去る9月16日、東京・四ッ谷にある上智大学で、希望のまち東京をつくる会も名を連ねる「豊洲市場と卸売市場法を考える会」の主催で、シンポジウム「日本の食を支える卸売市場に、今何が起きているのか!?」が行われました。スタッフがレポートします。
開場たった一年でトラブル続出、死亡事故も
冒頭に、実行委員会を代表して、築地市場移転問題に長く関わってきた宇都宮健児が挨拶。積載荷重問題、物流の問題、地下水、土壌汚染問題など、指摘されてきた問題をあらためて整理し、昨年国会で成立した「改正」卸売市場法を受け、それに並行する形で、東京都がこの12月の都議会で、卸売市場条例を改訂しようとしていることについても触れ、登壇者にバトンを渡しました。
続いて、豊洲市場で働く中澤誠さん(東京中央市場労働組合執行委員長)と、築地女将さん会のみなさんが登壇。開場から1年がたった豊洲市場が抱える諸問題について報告しました。
中澤さんは、①開場以前から指摘され未解決のままの問題(土壌汚染問題/床積載荷重問題/使い勝手の悪さ/交通アクセス/物流の効率性/施設使用料の高さ/売上げ、取り扱い量の減少)と、②開場後に新たに発生した問題(重大事故の多発/足りない駐車場と顧客の減少/施設の故障多発/地盤沈下/衛生問題)をそれぞれ整理しながら指摘しました。
まず、①に関しては、昨年の豊洲市場開場時に小池都知事がアピールしていた「コールドチェーンと閉鎖型施設」、食品衛生管理の国際基準(HACCP)を念頭に導入した「ドライフロア」仕様、「効果的物流」を実現した「総合物流拠点機能」などの「最新システム」は有名無実化していると指摘しました。(参考・東京都 豊洲市場は、どんな市場になるの )
実際には、マグロの解体などで出た血合いやウロコなどを流すために水は常に撒かれているし、市場で働く人たちの動線を考慮にいれない建築構造により、予定では施設内だけを走る予定だったターレは、荷物の積み卸しのため屋外や駐車場も走行せざるを得ず、搬入口はほぼ開きっぱなし。悪名高い「ヘアピンカーブ」のあるターレスロープや、数の足りないエレベーターの問題で、場内の物流は築地時代よりも滞るようになり、それが客足にも大きく影響しているようです。
また、開場前に大きく報道されていた土壌汚染に関しても、その後の定期的検査で環境基準の120〜130倍もの高さで検出され続けています。(※9月14日に公表された数値は、有害物質のベンゼンは最大で環境基準の120倍、本来ならば検出されてはならない前提のシアンは130倍、猛毒のヒ素も検出/豊洲市場に関する環境データ)
②で報告された重大事故に関しては非常に深刻で、開場から1年の間に死亡事故が2件、重傷を含む事故も多発しています。耐震構造の問題なのか、特に仲卸棟4階の駐車場周辺では、震度3の地震かと思うほどの揺れが日常的に続いており、この春にはついに一部が通行止めに。結果、ただでさえ足りない駐車場がますます足りなくなり、かつ近隣の駐車場は高くて遠いというのもあり、買い出し人の客足にも大きな影響を与えているようです。「築地と比べて都内各地から不便な場所になったこともあり、客が減っただけではなくピーク時間は築地時代より早まり、それが働く人たちの負担になっている」(築地女将さん会 山口タイさん)。
約束されていた「最新システム」はほとんど機能せず、「実際には築地でやっていたことを豊洲市場の枠の中でおさめている状態」(中澤さん)とのこと。このような厳しい環境の中でも市場がまわっているのは、現場で働く人たちのさまざまな工夫や自助努力があってのことですが、この1年間の豊洲市場の取り扱い量、売上高を見ると(東京都中央卸売市場HP)、築地時代と比べて明らかに減少、築地で働く仲卸業者のみなさんのほとんどが中小企業。重ねてこの秋からの消費税増税もあり、店をやむなく畳む人も増えてきているようです。
命に関わる「食」の問題を、経済競争の場にさせない
休憩時間を挟み、第二部がスタート。今回の共催団体のひとつである「築地市場解体の中止を求める研究者の会」のメンバーで上智大学文学部史学科教授(環境史)の北條勝貴さんは、韓国・フィリピンほかアジアの国々でも、老朽化を理由にした閉鎖型市場施設への再整備、という、築地豊洲問題に類似した「規制緩和」が起きていると指摘。また、日本でも、神戸や秋田、室蘭、新潟など地方の公設市場跡地や隣接地に、イオンなどの大規模資本による小売店が進出する状況を報告しました。
これまでの卸売市場法では、中央卸売市場を開設できるのは、都道府県や人口20万人以上の市に限り「認可」されてきましたが、今後は国が「認定」すれば民間企業でも運営が可能になりました。既に地方で進んでいる、民間資本の公設市場へのアプローチはその前哨戦なのでしょうか。
「食の安全や、取引の公共性・公正性が、新自由主義的な政策の下で、政治、観光の『資源』であることが優先されてしまっている」(北條さん)
続いて再び中澤誠さんが、卸売市場法の本来の理念と、市場のしくみについて分かりやすく解説しました。生産者の立場に立つ「卸」と、消費者の立場に立つ「仲卸」が、日々条件の変わる生鮮食品の値段を、競り合い、決めていくこと。それが結果的に、生産者と消費者を守ることにつながっていました。しかし今回の「改正」では、競り人の資格規定の緩和や、第三者販売の解禁、卸売業者業務規定の大幅な削除など、83あった法の条文が19にまで減らされてしまうのです。。
「『規制緩和』というと聞こえはよいが、この『規制』とは、生産者と消費者を守るための『ルール』です。その『ルール』のほとんどを撤廃してしまおうとしているのが今回の『改正』です」(中澤さん)。
大手資本に有利な今回の改正によって、不透明な価格操作が行われやすくなり、「質」の良いものに良い値がつくという「築地ブランド」も有名無実化する可能性があります。「安くてオイシイ魚」は大手チェーン店で手に入りやすくなるかもしれませんが、街の小さなお魚屋さんや、お寿司屋さんは、経営を持続するのが難しくなり、圧倒的に立場の強い大資本にあらがえない生産者は、ますます苦しい立場に置かれることになるでしょう。
続いて、卸売市場法を専門とする三國英實さん(広島大学名誉教授)が、今回の「卸売市場法卸売市場法の問題点を詳細に解説。加えて、今年12月の都議会に向けた都条例「改正」の動きについても報告しました。三國さんは、「今回の法改定は卸売市場関係者の必要性から出たものではなく、財界要求に基づくもの」と指摘。東京都が今年7月に設置した「市場の活性化を考える会」は、「物流の効率化」の名の下に、市場経営に民間企業を積極的に関わらせる気満々で、そのメンバーには大手スーパーや金融関係のメンバーはいるが市場関係者はひとりもいないことを指摘しました。
卸売市場と卸売市場法の問題は、近年大きく問題視されている水道法や種子法の問題と同じ、いわば人間が生きていくに欠かせない「命」に関わる問題です。命の問題を、経済競争の場にしてしまってもよいのでしょうか。残念ながら「改正」卸売市場法は国会を通過してしまいましたが、都条例はこれから年末にかけて本格的な議論が行われる予定とのこと。今後も多くの人たちに関心を持ってもらい、注視していきたい問題です。